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豪州出張(2014年11月20日〜23日)

2014年11月20日(木)の夜の便で出発し、およそ9時間の飛行で21日(金)オーストラリア・シドニー国際空港に到着しました。

オーストラリア地図
図表1 オーストラリア地図

この時期のオーストラリアはサマータイムでしたので時差は2時間です。(身体的には楽だったのですが機内で眠ってしまいましたので、機内上映映画を観られなかったのがわたし的には悔いが残りました)

オーストラリアといえば、わたしが中学生時代に社会科でよく出題された問題が、「オーストラリアは○○主義である、○○に当てはまる語句を漢字2字で答よ」でした。答は「白豪」。人種差別が激しい国ですが、市内ではアジア人やインド人をよく見かけました。1975年人種差別禁止法制定で公的には白豪主義がなくなっています。しかしながら、最近ではエボラ出血熱ウイルスが入るのを阻止するため西アフリカからの渡航者に対するビザの発給を停止したこと、そして今回わたし自身もオーストラリアの孤立主義的傾向を実感しました。
出発前にはシドニーにある公立病院で3件の手術と施設を見学の予定としていたので、あらかじめ渡された60ページほどの英文書類を読み、必要事項を記入しました。書類には成人型の三種混合ワクチン(破傷風、ジフテリア、百日咳、ADULT Type dTpa)の接種が必須であることが記載されていました。

書類の一部
図表2 書類の一部

調べるとこのワクチンは日本で製造されておらず(日本は小児型のみ)、輸入品を使うしかないことがわかりましたが、厚労省の承認がないので保険はきかず副作用の救済制度が利用できないこともわかりました。
オーストラリアの医師に問い合わせましたが法律によってどうにもならないことがわかったので、病院見学だけでもとオーストラリア大使館に問い合わせたところ、書類を提出して、特別なビザ(ETAではなく訪問ビザであるサブクラス600)がないと施設見学すら不可能とのことでした。準備時間もありませんでしたのでこの公立病院訪問は断念しました。

上記経緯があり、私立病院であると規則がそれほどやかましくないということで予定を変更しシドニーでメルボルン行きに乗継し、すぐに市内にあるエプワース病院(Epworth Hospital)を訪問しました。この病院は3つの病院から成り立っておりわたしが訪れたのはEpworth Hospital Richimondといって3つのなかで最も大きく520ベッドありました。

病院正面玄関
写真1 病院正面玄関
病院中庭
写真2 病院中庭

オーストラリアのなかでは有名な私立(民間)病院の一つで、医師が1000人在籍しています。

勤務医師の名前が壁に掲げられている
写真3 勤務医師の名前が壁に掲げられている

わたしが会ったのはSamuel Pattenという医師です。

写真4
写真4

50歳。年間600件の手術を行っており、そのうち人工股関節は200件とのことです。
彼はEpworth病院以外に2つの病院(うち1つは公立病院)、計3つの病院で手術を週に3日行って、残りの2日は外来診療なのでわたしと同じパターンで診療しています。

手術室には大きな窓があり外の景色が見え開放的でした。

写真5
写真5

大腿骨頚部骨折に対するPatten医師の人工股関節置換術を見学しました。

写真6
写真6

Patten医師、手術助手、器械出し看護師の計3人。麻酔は麻酔科医によって行われ、その後は看護師が経過をみています。 わたしと同じ後方進入で行い、術創は20p、27分間でインプラントを入れ終わり、筋肉まで縫合した後は手術助手(医師ではない)が縫合するので50分程度の手術でしょう。 もっとも日本人のほとんどを占める臼蓋形成不全ではカップの位置決めがとても重要ですが、オーストラリアを含む欧米などでは臼蓋形成不全がない一次性の変形性股関節症に対する手術が大部分ですから、われわれ日本人医師にしてみればとても楽な手術です。
余談ですが、随分前からわたしにとって海外での手術見学、病院見学は手術手技を学ぶという意味より、自分が行っている医療を見直すためのものになっています。 日頃行っている業務で見過ごしていることを発見するためといってもいいでしょう。人工股関節手術をそれほど行っていない医師の診療、病院もわたしにとって学びの場所になります。
Patten医師の手術は術創も大きく筋肉も大きく切るので、低侵襲、美しさ、洗練さを好む日本人の患者さんにはふさわしくない手術と思いますが、194p、90kgの身体ですのでとても豪快な手術に見えます。 わたしと比べると彼の身体的大きさがわかりますが、彼はボートのエイト競技でオリンピックに連続3回出場(1984年ロサンジェルス、1988年ソウル、1992年バルセロナ)、ロサンジェルス大会では銅メダルを獲得しています。

写真7
写真7

2009年にわたしがクロアチアで会った整形外科医もオリンピックのボート競技で銅メダルを獲得していましたから、大きな整形外科医に会ったら、趣味はボートですか?オリンピック出場は?と質問するべきかもしれません。

この病院で働いている医師は建物内にある自分の診察室か、通りをはさんで向かいにある戸建のクリニックで外来診察します。

写真8
写真8

戸建クリニックは何軒もあり、そのなかにはリハビリテーション部門もありました。

写真9
写真9

 翌日はシドニーに移動しましたが、オーストラリア国内の飛行機、手術室などの建物内はエアコンでとても寒く、外では椰子があるぐらいなのにどうしても厚着をしてしまいます。

写真10
写真10

今回の唯一の観光がオペラハウスの外からの見学ですが、周りの人の格好と比べてください。とても半袖、短パンを着用する気持ちにはなりませんでした。

写真11
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オーストラリアでも英国同様フィッシュ・アンド・チップスが有名とのことでオペラハウス近くのカフェで食べたのですが、食事中に突然カモメが飛んできて見事に!魚を獲られてしまいました。

写真12
写真12

少林寺拳法三段のわたしにとっては屈辱的であり、オーストラリアでもっとも刺激を受けた瞬間でした。

写真13
写真13
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