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英独訪問記-2006年10月29日〜11月4日

2006年10月29日、ヒースロー空港に到着しロンドンのスターバックスで一息いれたところ。
何かおかしいと思いながら、ついスターバックスでコーヒーの図。

The Princess Grace Hospital玄関にて。
ここは私立病院でフロントの壁にはモナコの故グレース・ケリー王妃の写真が飾ってありました。
彼女の寄付を基に設立された病院と想像しています。院内の写真撮影は禁止でした。

同病院の手術室にて術衣を着用するところ。場所が替わってもいつもの習慣です。

執刀医であるMs. Muirhead-Allwoodとの手術。
この日はMIS:2件、通常人工股関節:1件、表面置換:1件、再置換:1件の計5件で、これをほぼ午前中に終わらせてしまいました。スタッフは彼女以外に3名いて、彼女は皮膚を切開しインプラントを挿入、筋肉を縫合したところで次の(向かいの部屋)手術にはいります。野球のように抑えの医師がいるわけです。(格好よく言うならば、わたしは先発完投型になります)

彼女はご覧のとおり大男。 この病院以外に1件の私立病院、1件の公立病院、計3件の病院で手術を行っています。年間手術件数は700件!最初は聞き間違いと思いましたが、「800件は辛かったけれども、700件は楽勝」と言うのを聞いて納得しました。(ちなみにわたしの昨年の手術件数は314件)英国医療保険制度の関係で、いわゆる「揺りかごから墓場まで」の公的保険を使用して手術を受ける場合(公立病院)は、1年半から2年程度待たなければいけませんが、私的保険を使用する場合(私立病院)は、数週間程度とのことです。

彼女のクリニック、The London Hip Unit内部。ビルのなかにある自分のクリニックで外来診療を行い、手術は契約病院で行うわけです。アメリカでもこの方式は一般的です。この日の午前に5件の手術を行い、午後2時から外来診察(20名ほど)を行いました。診察に同席しましたが、診察所見はボイスレコーダーに録音するので自らカルテに記載(あるいはタイプ)はしません。別室で秘書がその録音をタイプするわけです。羨ましいところです。

表面置換型人工股関節のレクチャーを受けているところ。当日は英国と米国の医師と一緒でした。

英国でのブレークはやはりこれです。

2006年11月2日ドイツ・ミュンヘン郊外にあるAsklepios Klinikum Bad Abbach玄関にて。Regensburg大学の病院で村のなかにある閑静な場所にありました。

Dr. Seudtnerの執刀でMIS開始。わたしは行っていない前方進入です。インプラントを全て挿入した後、主任教授Grifkaが手術に入り骨頭を装着して退室しました。その間およそ10分間。Grifka教授は人工膝関節手術にはナビゲーションを使用しているのですが、股関節には使用していませんでした。

若い整形外科医師の案内で病院を見学。彼らが現在使用しているショート・ステムについてのプレゼンテーションも受けました。ショート・ステムは、標準型と表面置換型の中間の大きさのインプラントです。残念ながら日本未輸入です。

よりよいナビゲーションシステムの開発を目指してエンジニア達とのディスカッション。

イギリスとドイツの医療を見学して思い出したのが「白い航跡」(吉村昭、講談社文庫)です。イギリスに留学した海軍医・高木兼寛の伝記ですが、実証主義、臨床医学(論より証拠)のイギリス医学と学理主義、基礎医学(証拠より論)のドイツ医学との対比が鮮明です。かつての日本の軍隊に多かった病気に「脚気」(足のだるさや腫れ、手足のしびれ、動悸、食欲不振、歩行困難、心臓麻痺、など)があります。明治初期、軍人の1/3以上が脚気患者でした。兵士が摂る食事が原因と考えた高木は兵士達に肉やコンデンスミルク、パン、麦飯を摂らせてその数を激減させます。しかしながら、脚気の原因として脚気菌の存在を信じるドイツ医学の信奉者(陸軍や帝国大学医学部)によって徹底的に反論されます。その急先鋒がドイツ留学を終えて帰国した森鴎外です。食事を改良しなかった陸軍は日露戦争の戦死者47,000名に対して、脚気による死亡27,800名という戦慄すべ犠牲者を出しましたが(海軍はゼロ)、陸軍軍医総監にもなった鴎外は最後まで食事の変更を許しませんでした。明治43年、鈴木梅太郎がオリザニンを発見、その後脚気はビタミンB1欠乏症であることが判りました。高木の洞察力が鴎外の想像力を上回ったのでした。
イギリス医学史を見ると、理論は未構築でも病人にとって良ければ治療法として採用する風潮を感じます。種痘のジェンナー、防腐法のリスター、そして人工股関節のチャンレーなど。鴎外のような知の巨人でも(だからこそ)理論的なドイツ医学から抜け出ることができませんでした。

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