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歐州出張2009(2009年9月19日から26日)

  20 歳代のときに小田実「何でも見てやろう」を読みました。 彼が若い時に世界をみてまわる旅行記でした。クロアチアの病院見学ができると知人から言われたとき、すぐに行きたいと希望したのはその影響かもしれません。ドイツ1泊(乗り継ぎのため)、クロアチア2泊、イタリア2泊、イギリス1泊と4カ国行きましたが、クロアチアでは1991年から1995年のユーゴ紛争があり旧社会主義国でしたから、医療レベルもそれなりという先入観がありました。案の定、フランクフルトからクロアチア航空に搭乗したのですが、機体の古さにはびっくりしました。椅子の肘掛はすべて壊れていて下に垂れ下がり、シートカバーも綻んでいます。離陸時の揺れと音はいままで感じたこともないほどで、率直に言ってザグレブ空港に着いたときはほっとしたものです。

9月20日(日)夜に到着、21日(月)からさっそく病院めぐりをしました。クロアチアの人口は440万人ですから、北海道の人口より少なく、病院は全国で28箇所しかありません。大学医学部は4校で、毎年800人ほどの卒業生が生まれます。人工股関節手術数は、1年間で4000件、日本は1億2000万人の人口で40,000件ですから、人口当たりの人工股関節手術数はクロアチアのほうが3倍多い計算になります。まず、クロアチアで2 番目に大きい病院、ザグレブ外傷病院を訪問しました。

入るとすぐの受付には診療待ちの人たちが沢山並んでいました。

院長のAnte Muljacic とお会いし、院内を案内してもらいました。

174床で70名以上の医師が在籍し、年間350件以上の人工股関節をしています。院長は股関節専門なので彼自ら執刀しているようです。手術室に案内されたのですが、リニューアルをして間もなく綺麗かつ清潔で、壁面には液晶画面が置かれ麻酔器や無影灯はドイツ製の器械、縫合糸はアメリカ製です。考えてみればクロアチアでは医療機器は製作されておらず、全て輸入品、西ヨーロッパとは地続きで日本より容易に購入できますし、ヨーロッパの古い建物は(この病院も築50年以上とのこと)そのまま使用し室内をどんどん改築する文化でした。しかも医療というのは世界的に標準化しているわけです。先入観が間違っていました。 ちょうど訪問した時は昼食時間でしたので、食事を写真にとらせてもらいました。

肉、馬鈴薯、パン、スープなど量的にはかなりのものです。 この日の午後、クロアチアで1 番大きいザグレブ大学病院の整形外科主任教授室を訪問すると短髪でマッチョな男がいます。主任教授のDomagoj Delimar、43 歳です。

最初お会いしたときの印象は格闘家ミルコ・クロコップでした。しかし、彼の年間人工股関節手術数は500 件で、ほぼわたしと同じであり、若いながらも経験豊富です。病院数が少ないわけですから症例が集中しているわけです。教授室の隅でボディーガードのように直立していた若い医師に院内を案内してもらったのですが、彼はシドニー・オリンピックのボート種目銅メダリストでした。丁寧に大学、病院を説明してくれました。

手術室はザグレブ外傷病院と同様、新しく空調も整い清潔、最新の医療機器もそろえています。この病院の外観もかなり古いのですが、室内は新しく、小児整形外科病室はカラフルな内装でした。

ちなみにクロアチアの医療費は無料で患者負担はゼロ(ただし最近は1日2クナ課金されるようです。クナはクロアチアの貨幣単位で日本円に計算してみてください)。保険料は収入の17.5%とのこと。ザグレブ大学整形外科のベッド数は100床で年間5000 件の総手術数です。翌22日(火)ザグレブから車で1時間ほどの 町シサクにある病院のDr.Mesud Peco を訪問しました。

外まで出迎えてくれてお会いしたときには日本語で「ようこそいらっしゃいました」と挨拶(帰りには「さようなら」)、クロアチア語の挨拶ぐらい覚えておけばよかったと大いに後悔した瞬間でした。彼は62歳で、年間100件の人工股関節手術を行っています。彼の手術には助手として参加しました。

62歳なのにMISを行い、ナビゲーションを使用しない以外はほぼわたしと同じ方法です。60歳をすぎても新しい考えや技術を導入する彼の態度を見習わなければいけません。整形外科のベッドは10床たらずで、整形外科医師は6名。クロアチアでは人工股関節の入院期間はいずれの病院も5日から7日でした。余程のことがない限り退院後は直接帰宅します。Dr. Peco と 一緒に手術した患者は女性農夫で術後も仕事をするそうです。わたしならば術後は農業の仕事を避けるべきと説明しますが、とお話したところ、それでは彼女は生きていけない、と返されました。クロアチア国民の平均月収は350から400 ユーロであり、農業と観光以外に産業がないわけですから彼女にとって農業以外の仕事はないのです。最後はスタッフとの記念写真をそれぞれのカメラで撮影してお別れしました。

シサク病院見学後、車でイタリアのサンダニエーレに移動しました。夜に到着し、翌23日(水)に人工股関節の製作工場を見学しました。

わたしが使用しているインプラントについては極力、その工場に行って生産過程をみるようにしています。何十年も使用するのですから品質が重要です。こちらの工場では工作機械は全部日本製(イタリア人ガイドは「不幸にも」全部日本製と言っていました。悔しいのでしょう)です。アメリカでもそうでしたから、日本の技術がなければ人工関節を作ることができないわけです。わたしが用いている人工股関節は全て日本製といってよいかもしれません。開発担当者には、日本人患者の特徴、今後どのような新製品を開発し、改良して欲しいかを沢山お話したので予定時刻を過ぎてしまいました。

こういう場所を訪問して毎回思うのですが、すでに欧米で使用されている製品が早く日本で認可されて使えるようにして欲しいものです。

24日(木)ヴェニス空港からロンドン・ガトウイック空港に飛び、車で英国西部にあるバースに移動、そこでMr. Bisheyの手術に参加しました。

彼とは2年前神戸の学会で会っています。わたしと同い歳で、いままで6000件以上の手術を行ったとのこと。毎年、300から400件の人工股関節手術を執刀しています。クロアチアの医師もそうですが、手術件数が多いということは何物にも代えがたいことで、その医師の手術には経験に裏づけされた真実が宿っています。彼とは手術中、手術後の会食、翌日25日(金)のミーティングで話あい、人工股関節だけでなくイギリスの医療について大分理解できました。

有名な「揺りかごから墓場まで」と表現される英国医療制度ですが、無料の公立病院では手術までの時間が長くて民間保険による私立病院での医療(有料)も重要になっています。ちなみにMr. Bishey が診療をしているバース・クリニックは緑のなかにあるとても綺麗な病院ですが、大手生命保険会社経営による私立病院です。

病室はすべて個室、大きさは小笠原クリニック札幌病院の個室ほどでした。Mr. Bisheyと一緒に回診した10時30分ごろは、お茶の時間だったのでしょう、トレイにはティーポット、カップ、そしてミルクが各部屋においてありました。ここは英国であることを実感させる光景でした。

25日にロンドン・ヒースロー空港を飛び立ち帰国しました。この文をお読みの方は強行軍のようなスケジュールとお思いになるでしょうが、いろいろな国のいろいろな病院や医療スタッフと出会うのはわたしにとって無上の喜びです。その国では当たり前の行いがわたしにとっては新鮮なことがあり診療上のヒントになることがあります。来年もこのような機会があればぜひ行きたいと思っています。

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